カテゴリ:都市( 9 )
110331 #kuraku
この度の東北関東大震災に際し、皆様方におかれましては様々な被災地支援の活動をされていることと推察します。
私たち建築家グループ(赤松佳珠子 押尾章治 駒田剛司 佐々木龍郎 杉千春 田井幹夫 高橋真奈美)も募金等の支援だけでなく、今自分たちに出来ることが他に無いのかと皆で話し合いをしています。
本当に小さなことでも何かをせずにはいられないというのが正直な気持ちです

そこで、節電と被災地への祈りを捧げるという意味でツイッターで#kuraku の呼びかけをしています。


♯kuraku
暗くなければ見えないものがある。4月1日、21:00から10分間、電気を消してみよう。
そして皆で美しい星空を見上げよう。被災された方々への祈りを込めて・・
a0147204_1750334.jpg

赤松佳珠子 押尾章治 駒田剛司 佐々木龍郎 杉千春 田井幹夫 高橋真奈美
[PR]
by komadakenchiku | 2011-03-31 17:54 | 都市
110323 街の再建/肉を切らせて骨を断つ/生きる糧
津波で失われた街をどう再建したら良いのか。現地の様子を映像で見るたびにその道のりの困難さを感じずにはいられません。一方議論は急がなくてはならない。時間を掛けている暇はないのでしょう。しかし急ぎ過ぎは必ず取り返しのつかない失敗を招く。再建に必要なハード、ソフトとも基本となるコンセプトについて地元の方々に出来るだけ参加してもらいながら、議論を深めなければならないでしょう。ハードについては、将来また必ず襲来する津波をどう想定するかが大きな問題になると思います。今回のような津波に対して有効な防潮堤の建設が可能であるのか、私には分かりませんが、恐らく現実的には「肉を切らせて骨を断つ」的な備えをもった街作りが求められるのではないでしょうか。ハード面で出来ることをするのは当然ですが、限界がある。言い換えればどこかで諦めるざるを得ない。重要なのは津波が来ることを前提とした新しい生活文化(具体的な防災計画から、広く人の行動、思考様式、自然観、世界観などを含む)を醸成し定着させることでしょう。もちろんハードとしての街はその新しい生活文化の反影でなければなりません。
その街作りを先導するのは地元コミュニティーでなければなりません。街を失った住民の方々の当面の生きる糧と目標を自分たちの街作りに向けることが絶対に必要です。街作りのアイデアを住民とプロが共に考える。そこには防災、土木、建築などだけでなく、広く文化や思想、哲学なども含んだ広範な議論の展開が望まれます。そして瓦礫の撤去から始まって、土地の造成、建物の建設に至まで出来るだけ地元民の手を介して作業を進め、その対価を国や自治体が保証する。そうすれば商店や食堂だって戻ってくるはずです。新しい街を自らの手で造るという実感は必ず復興を豊かで真に文化的な営為に押し上げると信じます。

私たち建築家の間でも連携して具体的な行動を起こし始めています。まだ小さな動きですが、連携をより広げて行くことで必ず大きな力になると思っています。〈TAK〉
[PR]
by komadakenchiku | 2011-03-23 12:35 | 都市
110314 投稿追記 Yー3さんのコメントに寄せて
Y-3さんコメントありがとうございます。私たちは今経験していることを糧とし、大震災前とは違う「新しい日常」をスタートさせなくてはならないと思います。いたずらな悲観論や過度な自粛ムードの広がりは社会を萎縮させるだけで何も生まないばかりか、Y-3さんの言う冷静で理論的な思考を停滞させる恐れがあると思います。一方ここで私が呆然とせざるを得ないのは、その理論的な思考では解決し得ない人の営みが根源的に抱えている矛盾。そしてその矛盾が時に人の営みを豊かに彩ると同時に、自然との関わりで言えば、大きな悲劇をも呼び込むということです。端的に言えば、今回津波で壊滅した街に人の営みは戻るのでしょうか。戻るとすればどの様な形で?高さ20mの防潮堤を建造するのでしょうか?それでも人の住むべき場所と言えるのでしょうか?私にはただ自然と正面から対立することから、何の文化も生まれないと思います。そもそも日本列島の風土はそこが世界有数の地震国であることと切り離せない。私たちはとてつもなく大きな矛盾を抱えることで、豊かな文化を育んで来たとも言えるのです。大震災の惨状を目の当たりにし、私たちには私たちはの抱える矛盾を再認識すること。そしてそれを受け入れ生きて行く生き方を改めて検証することが求められているのだと思います。〈TK〉
[PR]
by komadakenchiku | 2011-03-14 23:37 | 都市
110314 東北関東大震災
この度の大震災および津波等で被災された方々に心よりお見舞いを申し上げると共に、不幸にもお亡くなりになられた大勢の方々に深く哀悼の意を表したいと思います。
幸運にも被災を逃れた私たちに何が出来るのか。。。
いま正に現在進行形で進む未曾有の事態を前にしてただ呆然としています。
都市や集落といった社会生活基盤を自然の中に築くことで人はその営みを続けて来ました。そうした中で最もクリティカルなのが自然との折り合いをどうつけるのかということだと思います。折り合いの付け方が、生活様式と結びつき場所や地域それぞれの固有文化が生まれる。
しかし時として私たちはそれに大きな代償を払うことがある。いまその代償の大きさに呆然としています。。。
もちろんただ立ちすくむ訳にはいきません。被災地に向けて出来ることをする。そして明日にも同じ災難が誰の上にも降り掛かる可能性があることを決して忘れない。強くそう思います。〈TK〉
[PR]
by komadakenchiku | 2011-03-14 19:19 | 都市
110118 船堀タワー
先週末船堀にある「タワーホール船堀」へ行ってきました。
a0147204_235742.jpg
娘(8歳)が出展している区の展覧会を見たついでに、江戸川区が誇る「タワーホール船堀展望室」へ。なぜ区の施設(だと思います)に今日日どこにでもあるタワーマンションより低いような展望タワーを造ったのか(出来て12,3年だと思います)、全くの謎ではありますが、案外この中途半端な高さからの眺めが面白いと感じました。眼下の街はまだ充分そのディテールを目視することが出来るのですが、遠方には東京湾がほぼ一望に。目に入る風景の解像度のレンジが広いんですね。それと、都心を外から見る視点にも新鮮な印象を受けました。
この「タワーホール船堀」、これ以上ない程不格好なのですが、東京スカイツリーとほとんど同じに見えてしまいます。かたや100m、かたや630mと高さは比較すべくもないのですが、デザインは悲しくなるくらい一緒です。タワーの足元に集客を見込んだ施設があるのも一緒。全くの相似関係です。〈TAK〉
a0147204_22553423.jpg

[PR]
by komadakenchiku | 2011-01-18 23:06 | 都市
明石小学校
友人の建築家から中央区の明石小学校の保存を求める署名のお願いが届きました。震災復興事業の一環として建設された小学校です。耐震性には問題ないとのこと。街の景観と歴史、人々の記憶を刻んだ美しい建物です。詳しい経緯は分からないので軽々には言えませんが、このような建物を壊すのは野蛮な行為だと言わざるを得ません。詳しくはこちらhttp://www.justmystage.com/home/akashihozonをご覧になって下さい。署名も簡単に出来ますので、ご賛同頂ける方は是非。〈TAK〉
a0147204_22271839.jpg
a0147204_22273460.jpg

[PR]
by komadakenchiku | 2010-03-30 22:27 | 都市
100118 阪神/ハイチ/出し抜かれた都市
昨日で阪神大震災発生からちょうど15年。折しもハイチで大震災が発生し犠牲者が10万から20万人にのぼるのではないかと報道されています。神戸では倒れるはずが無いと思われていた高速道路があっけなく倒壊し、ハイチではそもそも地震のことなど考えていない都市そのものが壊滅してしまったように見えます。程度の差はあれ、神戸とハイチ、都市が地震にいわば「出し抜かれた」ことには変わりはありません。近代とはそうそう出し抜かれることの無い世界にのみ成立するはずでした。しょっちゅうなにかに出し抜かれるようでは、現代社会は安定しません。資本主義はある程度先が読めること、すなわち「大きく出し抜かれない」ことを前提に初めて成立するはずだったからです。しかし今やカタストロフィー債などというものがあって、大震災のリスクも資本主義の一部に取り込まれているのが現実なのかもしれませんが。。。。

15年前、震災後の神戸を由香と二人で歩いたことを思い出します。印象的だったのが、この写真を撮ったすぐそばでハンバーガーショップが開店していて、女子高生たちが普通にたむろしておしゃべりに華を咲かせていたこと。窓の外を見なければ、いつもと全く変わりの無い日常がそこにはありました。今や都市のハードウェアーを大きく変えることは出来ないのですから、あとは都市のソフトウェアーに「出し抜かれない」ための希望を託すしかないのかもしれません。企業や自治体の「BCP」(事業継続計画)の重要性が取りざたされていますが、日常生活の「BCP」がどれだけ私たちや地域社会にビルトインされているか。神戸には確かにあったそれが、今の都市生活者に大きく欠けているのではないか。そう考えると明日からでも私たちが出来ることは沢山ありそうです。〈TAK〉
a0147204_23492274.jpg

[PR]
by komadakenchiku | 2010-01-19 00:02 | 都市
091217 生コン工場的な
今日は「FRAMES」の補修工事を見に行きました。
で、いきなりですが大和市にある生コン工場です。「FRAMES」の現場へ行く途中にあるのですが、これがご覧の通り「カッコいい」。文句無しに「カッコいい」です。一方、構造は一体どうなっているのか?サイロみたいな円筒が構造を兼ねているのか??そもそもなんでこんな形なのか???全く想像がつきません。
東京工芸大学で昨日2年生の講評会がありました。学生の設計を見ているとこの生コン工場的な魅力をもった作品に出会うことがあります。設計の作法を知らないが故の偶然の産物であることがほとんどで、構造もへったくれも無いという大胆な案ばかりですが、これがなかなか魅力的であったりします。世にある建築も、これはと思うものには生コン工場的な魅力があるような気がします。形が大胆であるとかないとかではなくて、言葉に出来ない得体の知れなさがあるような。。。。既存の価値体系に乗らないところで「モノ」そのものが発する生コン工場的な魅力。そんな魅力を出せればなあと僕自身いつも考えています。〈TAK〉
a0147204_22275631.jpg

[PR]
by komadakenchiku | 2009-12-17 22:49 | 都市
091210 都市のスケールバー
浅草の近くを通ったら工事中の「東京スカイツリー」が見えました。まだ半分も立ち上がっていないはずですが、すでに充分に高い感です。権威や富の象徴としての「塔」は古今東西の都市に必と言ってよいほど存在しますが、東京の「東京タワー」にはそんなシンボリックな強さはあまり感じません。僕がむしろ感じていたのは、都市のスケールを測る上で高さの上限値を決めている、いわば「都市のスケールバー」みたいなものだったと思います。その「東京タワー」も昨今の超高層ビルの乱立で「スケールバー」の地位が危うくなっきたのと時を同じくして、「東京スカイツリー」にその座を受け渡そうとしています。「スケールバー」の高さが一気に300メートルも更新されたとき、東京のスケール感にズレが生じるのか否か、少し興味をもってます。〈TAK〉
a0147204_18253344.jpg

[PR]
by komadakenchiku | 2009-12-10 18:25 | 都市



駒田建築設計事務所/駒田剛司+駒田由香
by komadakenchiku
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
駒田建築設計事務所
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
121110 ウェブサイトリ..
at 2012-11-10 22:33
121028 「balco」..
at 2012-10-28 15:37
121019 OZ邸引渡
at 2012-10-19 12:38
121011 KN邸上棟
at 2012-10-11 23:58
120730 KN邸/リノベ..
at 2012-07-30 21:00
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


Skin by Excite ism